
外国人をめぐる日本の空気感と、すでに始まっている現実
近年、日本社会において「外国人」という言葉をめぐる空気感は、少し複雑になってきているように
感じます。人手不足の現実がある一方で、移民問題や治安、文化摩擦への不安も語られるようになり
「日本人ファースト」という言葉が注目される場面も増えてきました。
こうした議論は、ともすれば
「受け入れるべきか、受け入れるべきではないか」
という二択に収れんしがちです。
しかし、実際の現場を見てみると、もう少し違った景色が広がっています。
人手不足と外国人労働は、すでに進行中の現実
少子高齢化が進む日本において、労働力不足は一部の業界に限った話ではなくなっています。
製造業、建設、介護、飲食、物流など、私たちの生活を支える多くの現場で、外国人材はすでに
欠かせない存在になりつつあります。
これは将来の話ではなく、「今この瞬間」起きている現実です。
制度の是非を議論している間にも、現場では日本人と外国人が一緒に働き、同じ職場で日常を
回しています。
不安や違和感が生まれるのも、自然なこと
一方で、不安や違和感の声が出てくること自体も、決して不自然ではありません。
- 価値観や生活習慣の違い
- 言葉が完全には通じない不安
- 「日本らしさ」が失われるのではないかという懸念
これらは、誰かを否定したいから生まれる感情というよりも、
変化に直面したときに人が感じる自然な戸惑いに近いものだと思われます。
「日本人ファースト」という言葉が出てくる背景にも、
そうした感情の積み重ねがあるのではないでしょうか。
制度の議論と、現場の実務は別のレイヤーで進んでいる
ここで一つ整理しておきたいのは、
制度や政策の議論と、現場の日常は必ずしも同じ速度・同じ論理で動いていないという点です。
国の制度設計や社会全体の方向性については、賛否を含めた議論が必要です。
一方で、現場では今日も仕事があり、生活があり、人間関係があります。
そこでは、
- 「どうすれば今日の業務が回るか」
- 「どうすればトラブルを減らせるか」
- 「どうすればお互いに気持ちよく働けるか」
といった、非常に実務的で現実的な問いが優先されます。
すでに「共に働いている」現場があるという事実
重要なのは、
日本社会にはすでに外国人と共に働き、生活している現場が数多く存在しているという事実です。
そこでは理想論でも排除論でもなく、試行錯誤しながら日々を回している人たちがいます。
うまくいっている現場もあれば、課題を抱えている現場もある。
しかし少なくとも、ゼロから考える段階は、すでに過ぎているのかもしれません。
日本を目指して来る外国人という視点
もう一つ忘れてはならないのは、
日本を働く場所・生活の場として選び、来日している外国人がいるという事実です。
彼らの多くは、
- 日本で働きたい
- 豊かになりたい
- 日本で役に立ちたい
という思いを持っています。
もちろん全員が同じ考えではありませんが、「日本を選んだ」という点は共通しています。
その思いと、日本側の不安や戸惑い。
この二つは、対立するものというより、すれ違いのまま並走している状態なのかもしれません。
このシリーズで考えていきたいこと
この第1回では、あえて結論や解決策は提示しません。
「こうあるべきだ」と断言することもしません。
ただ一つ言えるのは、
すでに始まっている現実を前に、私たちは考え続ける段階に来ているということです。
次回は、
「共に生き、共に働く」ために必要な視点について、
日本文化の押し付けにならない形で、もう一歩踏み込んで考えていきます。
これは正解を示すためのシリーズではありません。
一つの選択肢として、現場と向き合うための材料を共有する試みです。
