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~ 伝えたいのは手法では無く「心」 ~ 小和田講師

講師インタビュー

~ 伝えたいのは手法では無く「心」 ~ 小和田講師

司会:自身の経歴を教えていただけますか?

小和田:子供の頃の話から始めても良いですか?

司会:はい

幼少期に見て来たものが今の自分を形成

実家が、中小零細の製造業でした。

私の祖父は、55歳で銀行を定年退職してメッキ屋を起業、ロッド・アンテナのパイプメッキがメインでした。

仕上げ・外観検査・包装などを手伝ったのが、小学生頃の記憶です。

長男だった親父は、後を継ぐために20年間勤めた銀行を早期退職してメッキ屋に入りましたが、紆余曲折があり、後継を五男の叔父に譲り、40歳でスポット溶接業を起業しました。

そんな親父が口にしていた言葉や仕事に臨む姿は、今になってみれば「トヨタ式○○○」といった本に見られる記述そのものでした。そういった環境の中で、ものづくりに対する私の認識が醸成されてきたと思います。

インタビューに応える小和田講師

社会人となって

  私は、大学卒業後すぐに三共電器(後のサンデン)に入社しました。新人研修後の配属は、カーエアコンの技術開発部門で、製品評価試験や省エネ技術を担当しました。当時は、カーエアコン用コンプレッサーの海外販売が増えていました。国内の後付け市場をメインとしていたカーエアコン事業は、海外市場の開拓も進めており、欧州車へのアプローチを始めていました。

  そんな折り、輸入代理店向けにある欧州車専用のカーエアコンを開発することになりましたが、ひょんなことからその担当となりました。初めて経験する設計の相手が、カーエアコン装着の準備がない車でした。いきなり難度の高い仕事で苦労はありましたが、自動車という現物を相手に「工夫する・考える」をたっぷり経験できて良い勉強になったと思います。

この設計から、欧州案件の専任になってしまいました。

当時の思い出として

  欧州のある自動車メーカーへのエアコン納入業者が事業から手を引いてしまい、代替ユニットの対応が欧州子会社に持ち込まれました。断れない状況がその場にあったとも聞きましたが、ユニット外観図と構成部品のスケッチを手がかりに、1ヶ月で初回納入が欲しいという条件でした。スケッチは、寸法など部品製作に必要な情報が記載されているかどうかという状態です。通常は部品図から起して組立部品を作り、ユニット全体を組立てて完成という手順がセオリーであり、カーエアコンの技術責任者だった上司も「手がかりがこれしかないのでは、できるはずがない。」と言い出す始末でした。しかし、引き受けてしまった以上は、誰かが担当しなければいけません。「それならば、できなくても叱られませんよね。」と、自分から手を挙げてしまいました。(笑)

  親父や親父の取引先の中小企業を見ていたので、ものづくりの現場に行けば何とかなりそうな気がしていました。上司の了解を得て、親父の某取引先に頼んで、協力を取り付けて現場に入り込みました。その結果、スケッチ図だけで必要な部品をとにかく作ってしまい、初ロット生産にこぎ着けることができました。作りながら、次の生産に必要となる情報をスケッチに追記しておき、初ロット生産の後に作図して正式図面を出図しました。

 このような対応もできる中小企業の現場に、大手企業にはない、ものづくりの原点を感じました。こういった中小企業の力が、大手製品メーカーの支えになっていることを痛感した経験も、インストラクターになる背景になっていると思います。

欧州営業拠点出向

  欧州のカーエアコン案件を担当していましたが、時差のある欧州営業拠点(英国)との連絡はTELEXでした。英語しか使えないのでローマ字でやりとりをしていました。やがてFAXも使えるようになりましたが、思うように情報が届かず、どうしてもお客様に近い現地で仕事がしたくなり、欧州赴任を希望しました。(苦手な英語は現地に行けば何とかなる…と)

  カーエアコン技術者として赴任することになり、“準備せよ”との指示もありましたが、準備内容は自分で考えるしかありませんでした。そのため、欧州で販売が好調だったコンプレッサーの製品知識から、生産計画の立て方まで吸収して赴任に備えました。

 赴任先では営業技術担当でしたが、エアコンとコンプレッサーの区別はありませんでした。

販売在庫のムダ・ゼロに挑戦

  欧州営業拠点に赴任して1年をすぎた頃、現地のコンプレッサー販売担当が退社し、販売管理を兼務することになりました。主要なお客様の自動車メーカーには日本から直送していましたが、小口のお客様には英国の営業拠点で在庫販売していました。日頃からコンプレッサー在庫の動きを見ていて、“回転が遅い”という印象がありました。販売管理の手始めに過去3年分の実績を調べて、販売予測を立てました。倉庫在庫、船積み在庫、生産計画分を販売予測に引き当て、次の発注分からは予測に合わせて必要な分だけに絞り、ムダな倉庫在庫はゼロになりました。「在庫のムダ」は親父から聞いていたので、私にとっては「売れる分だけ発注する」ことは、自然な発想でした。

多品種少量生産の改善に挑戦

  30歳を前に帰任してコンプレッサーの営業本部所属となり、お客様からの要望など、技術的な対応を工場の関係部署と調整する仕事を担当しました。3年ほどして、同じ仕事を工場所属で担当することになりました。

  さて、営業(お客様寄りの立場)から工場を見ていて不満だったのは、サンプルの対応でした。工場所属となる時に、サンプル作製管理の兼務を希望しました。コンプレッサーのサンプルは、自動車メーカーでエンジン開発や自動車の各種性能評価実験から量産試作まで、様々な場面に提供するもので、サンプル納期は自動車の開発日程に影響するものです。手作業中心ですが、年間で200機種以上、ロットサイズは1台~数十台(時には百台超えも…)、1万台近く対応するのです。技術職場の片手間の管理を見ていてお客様への迷惑を懸念し、相応の管理が必要と感じていました。

  受注から出荷日回答までの期間を短縮する狙いで作製管理に取り組みました。実際には在庫となっている部品の整理整頓に始まる「仕事の流れを可視化して、流れを良くする」現場改善そのものでした。測定していれば生産性も2倍から3倍に向上したと思います。

  サンプル作製管理の目標達成が近づいた頃には技術職場の顧客対応スピードを図る狙いで、開発業務の生産性改善を提案しました。改善のアイディアはいくつかありましたが、その基礎となる開発部門の図面や部品表、文書などの資料データを一元管理するために、当時出始めたPDMシステムを導入し、業務系システムに部品表データをペーパーレスで送り出す機能を立ち上げたところで技術本部へ異動となりました。 ちょうど42歳になる頃でした

  技術本部では、技術本部長スタッフとして、経営幹部の視点に直結する仕事がメインでした。また、社内研修の講師として企画(戦略)立案手法も担当しました。

インストラクターへのターニングポイント

  2002年に群馬県産業支援機構から、地域研究開発促進拠点支援(RSP)事業(文科省予算)の産学連携のコーディネーター募集がサンデンにもあり、約4年間機構に出向しました。この間、大学の先生をはじめとして多くの研究者や全国のコーディネーター仲間とコミュニケーションの機会を多く持てました。また、県内を中心に製造業百数十社も視察(主に調査目的)しました。この出向を契機に「退職したら、地域の中小製造業の役に立つようなことに取り組みたい。」と思うようになりました。

経験を活かすために

  RSP事業終了でサンデンに戻りましたが、所属はサポインの管理法人への出向でした。事務局選任担当で、法人と研究プロジェクトの管理がその対象です。着任して驚いたのは、法人が累積赤字を抱えており、期末には債務超過も懸念される状態だったことです。退職まで経験することはないだろうと思っていた「経理事務の仕事」もサンデン経理部門の担当者に教えを請いながら、過去3年分の掘り起こしを手始めに、3年先までの収支を見込む計算シートを作り、黒字化を図りました。2件のサポインのテーマを終了し、定年退職するときには黒字目標を達成していました。

  この間、2010年に群馬県でものづくり改善インストラクタースクールが開講し、退職後の選択肢となりました。定年退職の時期に開講した8期で受講し、今日に至っています。

 

 

 

 

 

 

私が伝えたいこと

  振り返ってみると、現役時代は研修受講など改善手法をまとまった形で勉強する機会もないまま、自分や周辺の問題解決や改善に取り組みました。上司・先輩・仲間からの助言でカバーされていたと思います。

良く知られている三現(現場・現物・現状)と合わせて、私は三原(原理・原則・原点)もあると思います。

ものづくりの仕事も、お客様・ユーザーがいてこその商売です。

  お客様やユーザーの立場や視点で仕事を見直してみると、課題や問題を発見しやすいと思います。ある意味、商売の原点・原理・原則を考えることかもしれませんが、仕事のあるべき姿、理想的な形をイメージできると思います。それと現実とのギャップを課題や問題と捉えることができると思います。

出版物や研修などで得る教科書的な知識は、「道具」です。うまく使ってこそ「道具」の価値があると思います。

トヨタ出身のあるコンサルタントが指導先の企業で「手法はいくらでもお教えします。しかし、トヨタの心までは教えられません。」と言ったそうです。

 「“心”ってナニ?」~答えはわかりませんが、親父から聞いた「乾いたタオルを絞る」を思い出しました。

  改善は終わったと思っても取り扱う品物が変わったり、作業を取り巻く環境や条件の変化によっても新たな改善ネタが発生します。それこそ「継続は力なり」なのです。サンプル製作の改善に取り組んだ時は、担当者に「同じ結果を出せるなら、楽に作業できる方法を考えて。」と声を掛けていました。手始めの整理整頓はそれこそ嫌々だった担当者も、効果を実感するようになってからは、改善することを楽しむような雰囲気になりました。もしかすると、こんなところに「心」があるのかもしれませんね。

伝えたいのは手法では無く「心」

  「楽しんで改善に取り組める」~そんな雰囲気づくりを、支援に伺う企業の方に意識していただければ、インストラクターとしてありがたいと思います。

 

【編集後記】

  今回のインタビューは、『伝えたいのは、手法ではなく心』がキーワードとなりました。

  最初は「心?」と漠然としていましたが、お話を伺っていく中で、普通のことを普通にすることも重要ですが、そこに何か一つでもアイディアであったり、疑問だったり普通のことでも見方を変えることで、何か変化をもたらすことができ、それを実践し続けることが重要であるそういったことを、過去の経験を通じて伝えていけたらということが「心」に響きました。

 

【プロフィール】

小和田 雅明(1955年生、 高崎市在住)

担当分野:生産管理・工程管理分野

職歴:旧サンデン㈱を定年退職

・自動車機器事業(カーエアコン開発・設計、欧州営業拠点出向、コンプレッサー技術顧客対応業務管理)

・技術本部(本部長スタッフ) ・県産業支援機構出向(産学連携促進) ・サポイン管理法人出向

現職:群馬ものづくり改善インストラクター、 同スクール講師

サポート分野

  • ものづくり現場改善全般 :町医者の視点で狙う「全体最適化」
  • 企画(戦略)立案手法 :SWOT分析と意思決定までのプロセス
  • 生産計画/工程管理 :PDCAでとらえるものづくりの流れ(システム化を図る~その前に…)
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